世界遺産30-1 古都京都の文化財 17件の文化遺産

「そうだ、京都に行こう!」と決めたのは、オーストラリアの世界遺産ウルルに行った時でした。

ウルルの夜明けを見に行き、そこで知り合ったオーストラリア人に、いかに京都が素晴らしいかを説かれ…

世界遺産、全部行ったら海賊王!

古都京都の文化財(Historic Monuments of Ancient Kyoto)
1994年登録

文化庁やユネスコの表記などでの正式名称は、「古都京都の文化財(京都市、宇治市、大津市)」で、地名が入っています。

京都府の京都市と宇治市、滋賀県大津市の2県3市に点在する構成資産17件から成る世界遺産です。

1件だけ、予約制だったので行けませんでしたが、残り全てに訪問。行った順番に並べています。

1.高山寺(こうざんじ)
2.仁和寺(にんなじ)
3.西本願寺(にしほんがんじ)
4.教王護国寺(きょうおうごこくじ)=東寺
5.西芳寺(さいほうじ)=苔寺
6.天龍寺(てんりゅうじ)
7.龍安寺(りょうあんじ)
8.鹿苑寺(ろくおんじ)=金閣寺
9.二条城(にじょうじょう)
10.慈照寺(じしょうじ)=銀閣寺
11.醍醐寺(だいごじ)
12.清水寺(きよみずでら)
13.延暦寺(えんりゃくじ)【滋賀県大津市】
14.賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)=下鴨神社
15.賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)=上賀茂神社
16.平等院(びょうどういん)
17.宇治上神社(うじがみじんじゃ)

なお、2018年9月4日に25年ぶりに上陸した超大型の台風21号による被害の影響が各地に見られました。

加えていくつかの寺社では、改装工事中のため入れないなどの場所があり、今後行く方は事前に問い合わせするか、公式Webサイトを見るなどしたほうがいいと思います。

2018年9月14~16日

1日目

1.高山寺

京都と言えばまずは「金閣寺」!と思って最初に行ってみました。

しかし、ひどい雨の中で、さらに入口に50人以上の行列が見えたため、延期を決定。次に晴れた日に来ることにしました。

そこで、金閣寺から約8km、高山寺に行きました。あの「鳥獣戯画」があるお寺です。

なんてこったい…

なんと台風による倒木のため、参道は通行止めに。高山寺では国宝の石水院のみ拝観可能でした。

お寺の方に聞くと、被害が大きすぎて復旧には数か月~1年はかかるとのこと…

この台風の時、九州にいたので全く影響がなかったのですが、奈良・京都には甚大な被害を及ぼしています。

高山寺入口
石水院(国宝・鎌倉時代)
石水院(国宝・鎌倉時代)

石水院(国宝・鎌倉時代)
明恵上人が後鳥羽上皇より賜った学問所。1216年建立(1889年に現在地に移築)。

鎌倉時代の住宅建築の傑作で、心が落ち着く風流な場所です。

高山寺は、石水院しか入れませんでしたが、川のせせらぎがここちよい山の中の寺でした。

石の坂道は、苔で滑りやすいので、雨の日は特に注意が必要です。

2.仁和寺

仁和寺と言えば、仁和寺にある法師、なんとかかんとか…なる古文を学んだ覚えがあるが、何の話だったか…

高校時代あれだけ古文が得意で、大学も文学部に行ったのに、もう全く覚えていません。

Google先生に聞いてみたら、「徒然草(つれづれぐさ)」でした。

さて、ここも台風被害によりかなり木を伐採していましたが、建物自体は大丈夫でした。

それにしても門からして巨大で圧倒されます(二王門)。ここは金閣寺から高山寺に向かう通り道にあります。

仁和寺…創建は仁和四年(888年)。日本最初の法皇となった宇多天皇が、904年に法皇の御所である御室(おむろ)を建立。千年以上の歴史があります。

二王門(重要文化財・江戸時代初期 )
経蔵(重要文化財・江戸時代初期)
御影堂(重要文化財・江戸時代初期)

御本尊は弘法大師です。

仁和寺金堂(国宝・江戸時代初期)

仁和寺金堂(国宝・江戸時代初期)
当時の宮殿建築を伝える現存最古の紫宸殿。ご本尊は、阿弥陀三尊像。他、四天王像も安置。

宸殿北庭

「霊宝館」で、国宝・重文の宝物を見ようとしたら、公開は春秋の年2回で、秋は10月からだったため入れませんでした。そして「観音堂」は工事中…

この後、次のお寺へ行こうとするも、雨が土砂降りになり断念。この日は2件で終了。

2日目

3.西本願寺

今回は車で来ているので、移動は全く問題がありません。そして次に訪れたのは「本願寺」。

西と東に分かれているようです。世界遺産に登録されているのは「西本願寺」です。ここは入場無料でした。

本願寺の開祖は「親鸞聖人」です。浄土真宗本願寺派の本山です。

阿弥陀堂(国宝・1760年に再建)
御影堂(国宝・1636年再建)
阿弥陀堂門(重要文化財)
経蔵(重要文化財)
唐門(国宝・桃山時代)

唐門(国宝・桃山時代):別名、日暮門(眺めていると日が暮れるのを忘れるから…)
伏見城の遺構といわれる絢爛豪華な唐門は、2022年3月まで修復工事中です。

この唐門の複製があるのが、なんと世界遺産「キュー・ガーデンズ」!1910年の日英博覧会の時、4/5サイズで複製したらしいです。

世界遺産同士の見事なつながりでございます。

また、国宝「飛雲閣」も2020年3月まで修復工事中のため見れません。

「飛雲閣」は、「金閣」「銀閣」と並んで、「京都の三名閣」の一つに数えられています。

総門(重要文化財)

総門(重要文化財)から覗く伝道院(重要文化財)…奥の洋風の建物です。敷地の外にあります

西本願寺は、国宝の阿弥陀堂、御影堂内にも自由に入れます。エレベーターやスロープもあるので、車椅子の人でも入れ、バリアフリーが進んだお寺でした。

行った日は9月15日でしたが、毎月16日は親鸞聖人の月命日だそうです。

また外壁沿いにある「太鼓楼」は、新選組との関りもあるため、幕末維新好きの方も興味を持てると思います。

4.東寺(教王護国寺)

はじめ、カーナビで「あずまでら」と入れても出なかったので調べると「とうじ」でした。

金堂(国宝・1603年再建)

金堂(国宝・1603年再建)
金堂本尊は、薬師如来坐像と日光・月光菩薩像、桃山時代の大仏師康正の作です。台座には十二神将が鎮座しており、全て重要文化財です。

講堂(重要文化財・1491年再建)

講堂(重要文化財・1491年再建)
講堂内は国宝の宝庫。中心の五智如来は重要文化財ですが、他の五菩薩、五大明王、四天王、梵天、帝釈天は全て平安時代の作で国宝です。日本密教彫刻の代表作です。

この講堂の国宝の仏像(平安時代)と、金堂の重文の仏像(桃山時代)とでは、明らかに持っているエネルギーが違います。

国宝の仏像からは凄まじいオーラを感じたので、しばらく講堂に佇んでいました。

これは、奈良の興福寺や法隆寺で感じたものと同じなので、やはり国宝クラス、平安時代以前のものの持つ「フォース」は凄いのです。

見聞色の覇気が高まると感じられるはずですが、信じるか信じないかはあなた次第です。

五重塔(国宝・1644再建)

五重塔(国宝・1644再建)
826年、弘法大師の創建着手から焼失すること四回、現存の塔は五代目です。

ちょうど奈良から京都入りした日、宿泊先に向かう途中で、この五重塔の横を通りました。

圧倒的な存在感で、京都のランドマークにふさわしい佇まい、実際に近くで見るとさらにその巨大さに圧倒されます。

瓢箪池を望む庭園
観智院 涅槃禄-長者の庭-

真言宗総本山 東寺にある別格本山 「観智院」

南北朝時代の延文4(1359)年頃に、真言界随一の学僧「杲宝」が創建し、杲宝の弟子「賢宝」は、本尊の五大虚空蔵菩薩を安置しました。

杲宝や賢宝が集めた密教の聖教類は1万5千件以上あり、大変貴重な文化遺産となっています。

観智院の客殿は国宝(1605年再建)。桃山時代の貴重な書院造りの住宅です。床の間には、宮本武蔵の描いた絵が二つあります。

まさかこんな所に武蔵とは…京都で吉岡一門を倒した後、ここに身を隠し、長谷川等伯に絵を習ったと言われています。

さて、ここまでで4つの寺に行きましたが、どれ一つとして退屈なものはなく、素晴らしい場所ばかりです。さすがは日本最強の観光地「京都」。

京都は、日本最強の世界文化遺産だと個人的には思います。世界最強は…恐らく「ローマ」でしょう。

東寺(教王護国寺)の後は、いろいろ考えて「西芳寺」に行くことにしました。
どこから行けば効率がいいかを常に考えて動いています。

5.西芳寺

西芳寺…ここが今回唯一行けなかった場所です。いや行きましたが入れなかったのです。

なぜかというと完全予約制、しかも予約の取り方は、なんと「往復はがき」!

西芳寺に着く前に、近くの「鈴虫寺」の駐車場に間違えて入った時に、警備員に教えてもらいました。そしてさらに参拝料が、この京都の世界遺産の寺社の中でも最も高額なようです。

行けないのは仕方がないので、また次回にしましょう。西芳寺には再訪します。

さて、京都を車で移動していますが、さほど人も多くなく、意外な感じがしていました。

しかし、たまたまそういう所ばかり行っていたようで、次に行った「嵐山」はかなりお店も人も多く、人力車も結構いて、賑わった観光地でした。

6.天龍寺

天龍寺は、室町幕府の祖、足利尊氏を開基、夢窓疎石を開山として開かれ、後醍醐天皇の菩提を弔うため、暦応2年(1339)に創建されました。

臨済宗天龍寺派の大本山です。

後醍醐天皇と言えば、鎌倉幕府が滅び、南北朝時代という二人の天皇がいた時代の天皇(南朝側)です。

結構この時代の歴史はややこしいのであまりわかりませんし、大河ドラマでも扱われていないようです。

なお、この寺の造営費用が足りず、元冦以来途絶えていた元との貿易を再開し、その利益を造営費用に充てることを計画。これが「天龍寺船」の始まりです。

法堂

法堂は元治元年(1864)に焼失。明治時代に、江戸後期建立の「雲居庵禅堂(選佛場)」を移築し、禅宗七堂伽藍の一つとした。

庫裏

庫裏(くり)1899年建立
ここから本堂を参拝し、曹源池庭園を見ることができます。庭園を歩く場合は、参拝コースに行けばいいです。

本堂内には、曽我蕭白の「雲龍図」の高精細複製品が飾ってあります(本物はボストン美術館)。

方丈…大方丈(1899年)と小方丈(書院・1924年)があり、大方丈は天龍寺最大の建物。

正面と背面に幅広い広縁をもち、さらにその外に落縁をめぐらせる。正面の「方丈」の扁額は、関牧翁老師(天龍寺第八代管長)の筆。

曹源池庭園

曹源池庭園(国の史跡・特別名勝第一号)
約700年前の夢窓国師作庭当時の面影を残しており、日本初の史跡・特別名勝指定。天龍寺の最高の見所です。

左手に嵐山、正面に亀山・小倉山、右手遠景に愛宕山を借景にした池泉回遊式庭園です。

大和絵風の伝統文化と、宗元画風の禅文化とが巧みに融合した美しい庭園です。奥まで歩くと、竹林や硯石を見ることができます。

多宝殿(昭和9(1934)年建築)

多宝殿(昭和9(1934)年建築)
後醍醐天皇聖廟多寶殿は、創建以来8回の火災に遭い、現在のものは1934年に完成。

後醍醐天皇の吉野行宮時代の紫宸殿の様式と伝えられており、中央に後醍醐天皇像、両側に歴代天皇の尊牌が祀られています。

さて、2日が過ぎましたが、まだ5件しか行ってません。西芳寺は行けないのではずしても、残り11件あります。

残り2日半しかないので、明日は一日で5件くらい行かないと厳しい状況です。

残り全て行くために最良の行き方シュミレーションを、宿にて行いました。

3日目

ようやくこの日晴れました。天気予報でわかっていたので、金閣寺は開場の9時に行きます。

しかし、その前に近くの龍安寺が8時開場だったので、龍安寺→金閣寺の流れになりました。

7.龍安寺(りょうあんじ)

予定通り朝8時に到着。ここの見所は「枯山水」です。

大雲山龍安寺…「りょう」あんじと読むのは、坂本龍馬と同じです。元は徳大寺家の別荘を1450年に細川勝元が譲り受け、妙心寺の義天玄承を開山として創建されたもの。

大雲山龍安寺
龍安寺石庭

石庭は、室町時代末期頃に作庭されたと伝えられているようです。東西25メートル、南北10メートルの空間に白砂を敷き詰め、15個の石を配しています。

心が落ち着くのか、珍しいのか、多くの人々が座って眺めたり、写真を撮っていました。

蹲と侘助椿

禅の格言、吾唯足知(われただたるをしる)の蹲(つくばい)と侘助椿。
水戸光圀の寄進と言われているようです。

方丈

方丈は、1797年に火災で焼失したので、西源院の方丈を移築。

鏡容池

龍安寺の次は、ようやく再び金閣寺へ。車で5分程の移動です。

しかし、金閣寺に着いた時には、すでに入口に大行列が…そうかこの日は日曜日だった!

8.金閣寺(鹿苑寺)

京都入りして3日目、ようやく晴れました。そして9時開場と共に、何百人もの人が一斉に金閣寺の撮影に…

臨済宗相国寺派鹿苑寺が、正式名称です
優美で美しい佇まい
鹿苑寺舎利殿(元国宝・1955年再建)

鹿苑寺舎利殿(元国宝・1955年再建)
一層は寝殿造で法水院(ほっすいいん)
二層は武家造で潮音洞(ちょうおんどう)
三層は中国風の禅宗仏殿造で究竟頂(くっきょうちょう)とよばれ、三つの様式を見事に調和させた室町時代を代表する建造物です。

この金閣寺の天辺の鳳凰が、手塚治虫作「火の鳥」のモデルだそうです。そういえば似てるような…

夕佳亭(せっかてい)

江戸時代の茶道家・金森宗和が好んだ数寄屋造りの茶席。夕日に映える金閣が殊に佳い(ことによろしい)ということで、「夕佳亭」だそうです

銀河泉

銀河泉は、足利義満がお茶の水に使ったと伝えられています。

この京都の旅では、金閣寺が最も観光客の多い場所でした。次から次へ団体客や修学旅行生がぞろぞろぞろぞろ…

9.二条城

次は、金閣寺から約5kmのところにある二条城へ。ようやく寺以外の場所が…しかし、ここも台風の影響をかなり受けていました。

東大手門(重要文化財・1662年)
唐門(重要文化財・2013年修復)

この唐門の雰囲気、どこかで見たことがあるような…と思ったら、「日光東照宮」によく似ています。

二の丸御殿

二の丸御殿(国宝・江戸時代初期)

金閣寺に次いで人が多かったのがこの二条城です。本丸、本丸庭園、二の丸庭園は入れませんでしたが、国宝の二の丸御殿だけはなんとか見ることができました。日曜日ということもあり、多くの人が観光に来ていました。

二の丸御殿は、全六棟の建物で構成され、江戸時代初期に完成した住宅様式「書院造」の代表例として、日本建築史上でも最重要な遺構です。

江戸城、大阪城、名古屋城の御殿が失われている今日、国内の城郭に残る唯一の御殿群として国宝に指定されています。

「大政奉還」が行われた城として有名ですが、元々は、1603年、徳川家康が天皇の住む京都御所の守護と将軍上洛の際の宿泊所とするために築城したものです。

ここが江戸幕府の始まりと終わりの地とも言えます。

二の丸御殿内部は、様々な狩野派の障壁画(模写画)で装飾されており、ゆっくり見るとかなりの時間がかかります。

この時は台風の被害で、二の丸庭園には入れませんでしたが、中から見ることはできました。庭園もさすが特別名勝、すばらしかったです。

台風被害のため封鎖

ここは西芳寺に再訪する際、本丸御殿・庭園、二の丸庭園を再度見に来ましょう。

さて、これで9件です。ようやく半分というところです。この日は、午前中に3件行けたので、引き続きあと2件に行きました。続きは…

迷わず行けよ、行けばわかるさ、世界遺産

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