世界遺産9 「姫路城」 日本唯一!城の世界遺産

世界遺産、全部行ったら海賊王

姫路城は、兵庫県姫路市にある城で、江戸時代初期に建てられた天守や櫓等の主要建築物が現存する「現存十二天守」の一つ

国宝、重要文化財指定、日本100名城、主郭部を含む中堀の内側は「姫路城跡」として国の特別史跡に指定。

1993年認定の日本の世界遺産第一号4件のうちの1つ。

別名「白鷺城(はくろじょう・しらさぎじょう」。つまり、姫路城は現存する日本の城では最高レベルのものと言えます。

姫路城(Himeji-jo)
1993年登録

これが姫路城だ!来たのは二回目!

まとめて動画で見るなら

姫路城保存の歴史

明治維新後の姫路城は、屋根は傾き草が生え、壁や石垣は崩れたまま放置されているような状態であった。

当時の陸軍工兵大佐「中村重遠」らが修復を太政官に上申。明治11(1878)年12月、陸軍卿山縣有朋により「名古屋城」と「姫路城」両城の保存が決定された。

明治12(1879)年には大天守地階の補強支柱工事が行われたが、予算不足のため応急的な修理にすぎず、腐朽は進む一方であった。

市民による「白鷺城保存期成同盟」の結成や城下各地の有志達の衆議院への陳情によってようやく明治43(1910)年、国費9万3千円が支給されて「明治の大修理」が行われた。

名古屋城(※世界遺産ではありません)

2018年11月7日

京都、大阪に福岡から車で行ったので、帰りに再び姫路城へ。二回目の訪問でしたが、今回は外国人を案内してきました。

その前に、11月3日に京都入りしましたが、偶然にも宿が二条城(世界遺産)の裏でした。おかげで二条城のイルミネーションを見ることができました。

そして翌日4日(日)に東寺(世界遺産)の蚤の市へ。毎月第一日曜日に開催のようです。

そして6日(火)に大阪城へ。しかし、大阪城は比較的新しく、造りも現代の博物館のようなので、あまり城という感じはしませんでしたが、総勢75人の外国人と共に行ってきました。

大阪城(※世界遺産ではありません)

大阪行きを誘ってくれたアメリカ人が、大阪城にくいつき、熱心に見学していたので、姫路城を紹介しました。すると、行きたいというので、結局連れていくことに。

福岡への帰り道なので無問題でございます。そして2016年以来、二度目の姫路城へ!以前と違う発見もいくつかありました。

ちょうど登録25周年に当たる年でした。二年半ぶりに再訪です。

姫路城公園より
天守の庭…しかし、誰も見てないような…

外側の見所もかなり多いですが、ゆっくり見ないと気付きません。今回は連れのアメリカ人がいろいろ質問してきたので、それについて係員に聞いたり、Webで調べたり、こちらもさらに学ぶことができました。Good Job !

今回違いに気づいたのは、2016年訪問時にはなかった「AR」です。あちこちにパネルがあります。

ARとは… Augmented Reality(日本語訳:拡張現実)
人が知覚する現実環境をコンピュータにより拡張する技術、およびコンピュータにより拡張された現実環境そのものを指す言葉(Wikipediaより)。

わかりやすく説明すると…「ポケモンGO」です。わからない人は、詳しくはWebで。

ちなみにこのARを利用した「カーナビゲーションシステム」を数年前に思いつきましたが、もう現実化されているようです。別のデバイスを装着するのではなく、直接フロントガラスに投影するというアイデアでしたが…

ただあまり複雑に追加情報が入ると、現実の人間や障害物に気付かない可能性があるので、過ぎたるは及ばざるがごとし…

そして話を姫路城に戻す。

パンフレットにも記載の「二重の扉」です。重厚な金属と時代がかった木による当時の雰囲気そのままの扉です。

大阪城と違うのは、とにかく木の床、木の壁、木の柱。

武具掛け、長さから言って槍を掛けていたと思われます。火縄銃のサイズのものもあります。かなりの数の武具掛けがあちこちにあり、さながら武器倉庫です。

連れのアメリカ人が刀傷を発見しました。よく見つけたもんだ。そして彼はこの中で行われた戦に思いを馳せていた。そして、係員にどんな戦いがあったか聞いてみた。

すると、実は姫路城では戦はなかったのです、という答えが…!!

そう、刀傷ではなく、ただの傷だったのである…

ちなみに幕末に新政府軍に包囲されたり、第二次世界大戦で焼夷弾が天守に直撃したりしているものの、築城されてから一度も大規模な戦火にさらされることや甚大な被害を被ることがなかったことから、「不戦の城」とも呼ばれている(Wikipediaより)。

頼山陽」(江戸時代後期の歴史家・文人)の書が。解読はご自身で。

頼山陽と言えば、有名な著書に『日本外史』があり、幕末の「尊皇攘夷運動」に多大な影響を与えています。

高い所にある長い釘のようなものを、またまた連れのアメリカ人が発見しました。
そして、係員に質問しました。「あれは何ですか?」

答えは、「火縄掛け」でした。火縄銃の縄や火薬などを掛けておいたものと言われています。有事に対して準備万端です。しかし、よく気付いたな…こっちは完全に見落としていました。

天守からの眺めは素晴らしいのですが、大変人が多く、前回の2016年に撮っているので、下記にて。

さて本丸を出て西の方に行くと、階段があります。その上にあるのが「西の丸」です。

西の丸から見た本丸

百閒廊下」と呼ばれる櫓群の内部。

前回来た、2016年6月にはいなかった「千姫」がいます。かなりリアルです。

家康の孫娘である千姫は、7歳で豊臣秀頼に嫁いだが、大阪夏の陣で豊臣家は滅亡。
救い出された千姫は、その後本田忠政の子忠刻と再婚。

千姫は化粧料(持参金)十万石で築いた武蔵御殿に住み、「化粧櫓」を休息所として利用した。姫路に来てから二児をもうけ平和な日々を送ったが、長男は三才で病死、夫忠刻も三十一才で病死した。

その後は江戸に戻り「天樹院」と号して生涯を閉じる。
現在、この化粧櫓は、千姫の面影を偲ぶ唯一の建物である。

姫路城本丸と比べると、この西の丸は観光客が少ない。
気付かないのか、ショートカットなのか…

今回は、時間的に姫路城隣の「好古園」には行けなかったので、それも下記にて。

そして二条城と同じように姫路城でもイルミネーションイベントが!
期間限定です。

これはこれで見てみたかった…

2016年6月17日

大阪で格闘技セミナーがあったので、新幹線で姫路城によっていこうと計画。
姫路城は、比較的行きやすい日本の世界遺産です。

姫路駅から歩いて10分。何の苦労もなく着いたので、拍子抜けでした。しかし、日本の城で唯一世界遺産になっている城の中の城なので、よく勉強しておきましょう。

平成の大修理」後の美しい白鷺城の姿です。白すぎるくらいに白い城です。

★世界遺産検定に出るポイント

世界遺産の修復の際には、「真正性」というものが求められ、「ヴェネツィア憲章」によって「伝統的な素材や工法を用いること」とされています。

しかし、姫路城の礎石は、天守の重みを支えきれずに傾いていたため、「昭和の大修理」の際、礎石が取り除かれ、鉄筋コンクリート製の基礎構造物に取り替えられました。例外的な処置です。

※ここは世界遺産検定に出ますが、正確に覚えていれば楽勝です。明治の大修理でも、平成の大修理でもなく、昭和の大修理です。

そして、日本のファースト世界遺産の1つです。ファースト世界遺産、これも世界遺産検定に出ます。1993年に全部で4件登録されました。

頑丈な木造建築です。とてつもない時間とお金をかけて大修理されています。

天守閣からの眺めは絶景です。

なぜか天守内最上階である六階には、神社が!

長壁(刑部)神社
姫山の地主神。近代になり祀られるようになる。江戸時代には、との二門との三門の間に鎮座していたようです。

さて、姫路城の横には、「好古園(こうこえん)」という日本庭園があります。正式名は、「姫路城西御屋敷跡庭園好古園」。「好古園」とは、江戸時代に現在の庭園入口付近に存在した藩校「好古堂」に因むものである。

古地図『姫路侍屋敷図』を基に、姫路城西御屋敷跡の発掘調査で確認された江戸初期の西御屋敷・武家屋敷等の遺構をそのまま生かして作庭された池泉回遊式庭園群である。(Wikipediaより)

ここにも行ってみました。別料金ですが、確か城とのセット料金があったはず…

美しい庭です。心が落ち着きます。

好古園からの姫路城

さすがは城の日本代表です。外国人旅行客と小中学生が大挙して来ていました。平成の大修理後すぐということもあり、白すぎ城を見に来ているのです。

姫路城の歴史を勉強すると、いかに運よく、そして保存に尽力した人たちのおかげで残っているかがよくわかりました。

観光客、スタッフ、行政が協力し合って、長く残していかなければならないのです。

迷わず行けよ、行けばわかるさ、世界遺産。

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