世界遺産6 「琉球王国のグスク及び関連遺産群」…風と共に参ろう

世界遺産、全部行ったら海賊王!

日本国内で最初に降り立った世界遺産は「琉球王国」であった!沖縄県にある琉球王国関連の遺産は、全部で9箇所あります。たぶん1日で全て行くのはきついでしょう。

今回は別の用も合わせて3泊4日の滞在だったので、3日かけて車で全て回りました。

琉球王国のグスク及び関連遺産群
(Gusuku Sites and Related Properties of the 
Kingdom of Ryukyu)
2000年登録

2015年10月1~3日

琉球王国のグスク及び関連遺産群の構成資産

1.今帰仁城跡(なきじんじょうあと)
2.座喜味城跡(ざきみじょうあと)
3.勝連城跡(かつれんじょうあと)
4.中城城跡(なかぐすくじょうあと)
5.首里城跡(しゅりじょうあと)
6.園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)
7.玉陵(たまうどぅん)
8.識名園(しきなえん)
9.斎場御嶽(せいふぁーうたき)

一番遠い所で那覇市の中心部から100km以上の距離があるので、運転免許がある人はレンタカーを借りて行くのがベストでしょう。

せっかくの沖縄なので、「外車」を借りてみました。沖縄では外車レンタカーが流行っているようです。

たまたま見つけた「最強食堂」と借りた赤ベンツ。

レンタカーは、3日間借りて2万円くらいでした(2015年当時)。高いのか?安いのか?今回はこのベンツのオープンカーで、沖縄本島を駆け抜けました。

1日目

まずは一番遠い「今帰仁城跡」へ。この日は「グスク」を3つ回ることにしました。

「グスク」とは何か?という人のために…「グスク=城」です。パソコンの文字変換でも「ぐすく」と入力して変換すると「城」が出ます。

ここは入場料がいります。
これが沖縄の世界遺産石板
今帰仁城跡…ここで撮った世界遺産マン写真が大活躍!

今帰仁城跡(なきじんじょうあと)
三山時代は北山王の居城で、琉球王国時代は「北山監守」の居城。
自然石をそのまま積み上げる「野面積み」の城壁で囲まれています。

そしてお次は「座喜味城跡」へ

石板のタイプも少し変わりました。
この石垣は見事なつくりです。
かなり高い所から見える 座喜味城跡

座喜味城跡(ざきみじょうあと)
「護佐丸」という有力按司(あじ=豪族)が作った城。アーチ型の城門は沖縄最古

そして、この日の最後は「勝連城跡」へ…もう日が暮れそうだが明日に回すわけにはいかない…

暗くなる前に階段ダッシュで一気に上まで!
常に足腰は鍛えております。
なんとか撮影には間に合ったが、あまり滞在できず…
ここは降りてから撮ったので暗くなっています。

勝連城跡(かつれんじょうあと)
現存する最古のグスク跡。15世紀半ばは、阿麻和利(あまわり)の居城。頂からは海が見えます。

最初の今帰仁城跡に着いたのが15時過ぎだったので、座喜味城跡に行き、勝連城跡に着いたのは、18時半頃でした。撮影はギリギリ間に合いました。いや、手遅れか?

2日目

この日は首里城付近の4件を回ることに。しかし、秋だったので修学旅行生の多いこと多いこと。最近は台湾や香港からもやってくるそうです。

これが噂の「インバウンド」だな。

人がいなくなるまで待つのは不可能でした…

首里城跡(しゅりじょうあと)
三山時代は、中山王の居城。琉球王国時代は、政治経済の中心地。

城壁の特徴は、「布積み(各段の高さを水平にそろえる積み方)」や「相方積み(石材を加工し、噛み合うようにした積み方)」と呼ばれています。

この「〇〇積み」は、「世界遺産検定」に度々出てきました。受験者は要チェックやで

※首里城の地上部分は、沖縄戦で焼失したため「再建」されたものです。

首里城内に入ると、琉球王国時代の地下の基礎部分を見ることができます。

玉座。この下に当時の基礎部分があります。
なんとか門…なんだっけ、忘れた、まあいいや

そして首里城のすぐ近くには「園比屋武御嶽石門」が。

園比屋武御嶽石門…読み方が全くわかりません
これが園比屋武御嶽石門

園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)
琉球王族の聖域「園比屋武御嶽」という森に通じる石門。

1519年、尚真王の時代に作られたもので、園比屋武御嶽は沖縄戦で焼失しましたが、石門は残っています。

「首里城」「 園比屋武御嶽石門 」から少し歩くと「玉陵」に着きます。この3つは近いので、歩いて行けます。

世界遺産の真ん前には中学校が…
この中は博物館
ここは王達の眠る墓…

玉陵(たまうどぅん)
1501年に尚真王が築いた破風墓(はふばか)。破風墓とは、沖縄地方の伝統的な家形の墓堂です。横には博物館もあります。

首里城から車で10分くらい、歩くには少し遠い場所に「識名園」があります。ここは風流なのでかなり気に入りました。

ようこそ、識名園へ。
あの橋の上も通れます。
中国風の見事な景色

識名園(しきなえん)
1799年に造営された琉球王家の別荘。当時は海外の来賓をもてなす迎賓館としても使われたようです。沖縄戦で焼失したため、1975~1996年に修復されました。

識名園は、大変風流な場所ですが、この日は平日だったせいか、ほとんど観光客もいなかったので、くつろぎ放題、写真撮り放題でした。建物内にも入れます。

何も考えず、ぼーっと美しい風景を眺めることは、超情報化社会でデジタル化していく脳にとって、大変すばらしいやすらぎの時間を与えてくれます。

そして脳が再起動され、新たな世界遺産へ向かう力が復活するのであります。

3日目

いよいよ残りは2つ!この日はまず最後のグスク「中城城跡」へ。

「ナカジョウグスク」ではなく「ナカグスクジョウ」です。
拝所

中城城跡(なかぐすくじょうあと)
三山時代は、護佐丸の居城。

そしていよいよ最後の場所、琉球王国最高の聖地である「斎場御嶽」へ。

全く読み方がわかりませんでしたが、「せーふぁーうたき」と読みます。

ようこそ、ここが琉球王国の最高聖地「斎場御嶽」
この超巨大岩は、触ったり撮影したりで大人気でした。
かなりの霊力を感じる聖なる岩のようです。

この岩を抜ければ、どこに行くのか?そうそこから望むのは「神の国」。

岩と岩の間を抜けるとこの場所に…あいにくの曇り空…

この海の彼方に、神の国「ニライカナイ」があるという…

斎場御嶽(せいふぁーうたき)
「神女」の最高位「聞得大君(きこえおおきみ)」による儀式などが行われていた、琉球王国最高の聖地。琉球の御嶽は全て男子禁制で、庶民は斎場御嶽入口の御門口(うじょーぐち)より中に進むことは許されず、国王でも、御門口より先に入るには袂の合わせを女装に改める必要があったそうです。

「世界遺産マン」が行った日本の世界遺産では、第一号です(世界遺産マンになる前には屋久島に行っていますが)。3日かけて9箇所の構成資産全てをじっくり回りました。

どこに行くという目的がはっきりしているので、あとはスケジュールを自分で作り、予定通りに全て行くことができました。

沖縄の世界遺産は制覇しましたが、沖縄には別の機会にまた来たいと思います。今はLCCがあるので昔と比べると本当に安く行けます。

琉球王国時代には入れなかった聖地「斎場御嶽」にも今は入ることができますし、ありがたいことです。

迷わず行けよ、行けばわかるさ、世界遺産

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