世界遺産33 日本一わかりやすいアウレリアヌスの城壁巡り

世界遺産、全部行ったら海賊王!

2018年12月28~29日

7.アウレリアヌスの城壁(Mura aureliane)

ローマ滞在時に、世界遺産「ローマの歴史地区」の構成資産には、ほぼ行ったので、残りの3日間の予定を考えていました。

コロッセオのガイドツアーは、予約が取れずに断念。「ドムス・アウレア(皇帝ネロの黄金宮殿)」は、2018年12月30日までの公開でしたが、世界遺産ではないし、ネロってアホな皇帝だったらしいし…

ふと気づいたのが、「アウレリアヌスの城壁」は断片的にしか見ていないな、ということでした。

というわけで、城壁について調べていくと、かなりの部分が現存し、見どころとして多くの門があるということでした。外周は約19km。

クリスマスの日に、1日で25km歩いていたので、19kmくらいなら歩いて行けるな、と。ではそれで行こう。2日あれば行けるでしょう。…こうして、城壁に沿って歩く「城壁way」が始まったのです。

アウレリアヌスの城壁

271~275年、ローマ皇帝「アウレリアヌス」と「プロブス」時代に建設され、「7つの丘」やローマの中心地「カンプス・マルティウス」「トラステヴェレ地区」の13.7㎢を取り囲む全周約19kmの城壁です。

増えてきた異民族の侵略から、国家を守るために造られた防御壁で、壁は「ローマン・コンクリート」を煉瓦で覆う形で作られています。当時のローマでは最大の建設事業であり、わずか5年で完成したようですが、アウレリアヌス帝は完成前に亡くなったようです。

今回はかなりWikipediaの記事を参考にし、日本一わかりやすい城壁wayに。アウレリアヌス帝の魂が宿る遺産を見て回りました。

城壁way

12月28日朝、チェックアウトして宿を移動。午後から城壁wayをスタート。まずはスタート地点のポポロ広場へ。

 スタート地点のポポロ門( Porta del Popolo )。もともとはフラミニア門だったようです。現在のものは16世紀に建て替えられています。このポポロ広場側のファサードは、ベルニーニの作で、1655年に落成。

ポポロ門の反対側(市外側)です。こちらはミケランジェロ作。「ティトゥスの凱旋門(フォロ・ロマーノ)」から着想を得て、1562~65年にかけて製作。

正面の4組の円柱は、旧サン・ピエトロ大聖堂から移設されたもの。中央の大きなアーチ型通路と、両脇に2つのアーチ型通路がある形状で完成。

ポポロ門…いきなり超大物2人による作品でした。さて、ミケランジェロ作の側に出て右へ向かいます。この先ムーロ・トルト通りは歩けないので、ボルゲーゼ公園、マルティ―リ広場へ。

マルティ―リ広場の橋を右に行くとヴィッラ・メディチへ行ってしまい遠回りなので、左の公園へ。ポポロ門から歩くこと約1km。ピンチャーナ門へ着きます。

ピンチャーナ門(Porta Pinciana)…名前の由来はピンチョの丘から。5世紀初めに建てられたようですが、20世紀初頭まで閉鎖されていたようです。

このピンチャーナ門からコルソ・ディタリア通りの途中までは城壁沿いに行けます。次のピア門までは約1.3km。

ここはサラリア門( Porta Salaria )跡地。1921年に取り壊されています。

門ではありませんが、途中で天使のオベリスクに着きました。
名前は、Colonna della Vittoria、戦勝記念塔のようです。

ピア門( Porta Pia )へ到着。写真は外側のファサードで、1869年に完成。新古典主義のヴィルジニオ・ヴェスピニャーリの作品。

こちらがピア門内側のファサード。全然違います。もともとは使えなくなったノメンターナ門の代わりに作られたようで、教皇ピウス4世が建設したため、ピア門です。こちら側の作者は、またもやミケランジェロ。1565年に完成。

そしてここがその使えなくなったノメンターナ門跡地。ピア門ができた後に塞がれたのでしょう。次のプラエトリアーナ門も閉鎖されています。

そのまま城壁沿いに進み、途中で右に曲がってまっすぐ進みます。しかし、次のティブルティナ門まであと1kmのところで、城壁は図書館の敷地内へ入ってしまい、いったん500m程切れます

地図で調べながら進んでいくと、プレトリアノ通りから城壁が復活し、空軍基地の外壁になっています。この辺りは、だいぶ損傷が激しいです。

ティブルティナ門( Porta Tiburtina )へ到着。日も落ちてきて暗くなり、場所も滞在ホテルに近いので、初日はここまで。約3時間かかりました。

2018年12月29日

城壁way2日目。朝8時半頃にスタート。気温は3℃。ティブルティナ門から再開し、線路沿いを進みます。650m程行くと次の門へ到着。

マッジョーレ門(Porta Maggiore )…4大バシリカの1つ「サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂」へ向かう通りがここから伸びているのでこの名前のようですが、ローマ時代は「プラエネスティーナ門(Porta Praenestina)」と呼ばれていたようです。

起源はかなり古く、52年に第4代皇帝クラウディウスが造った水道橋でしたが、その後アウレリアヌスの城壁に組み込まれたようです。

こちらはマッジョーレ門反対側。2000年近く前のものです。この周辺は、路面電車の線路に囲まれているので、電車に注意!

そしてこの後は、途中しばらく城壁沿いは通れませんが、サンタ・クローチェ・インジェルサレンメ教会の壁から城壁が復活。

マッジョーレ門から800m、公園を通り抜け、サン・ジョヴァンニ門(Porta San Giovanni)へ到着。横にあるのが、閉鎖されたアジナリア門(Porta Asinaria )です。

元々あった「アジナリア門」は、アウレリアヌス城壁に造られた門の中では、最も建設当時の姿を保っている門とされています。1574年に交通量の増大に対応するために「サン・ジョバンニ門」が作られ、「アジナリア門」は閉鎖されたようです。

反対側から。こちら側が城壁外です。ここは4大バシリカの「サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂」に来た時に一度来ています。

その時にこのアジナリア門のことを知り、これで城壁を見たことにしていました。城壁wayを思い立たなければ、ここだけしか見ずに帰国していたかもしれません。いろいろとつながっているわけです。

さて、これでようやく全体の三分の一くらいです。ここからが面白くなってきます。次は約1km先のメトロニア門へ。

メトロニア門( Porta Metronia )…12世紀頃に閉鎖されたようですが、近代以降に4つの通路が造られて復活。看板がないと門には見えないただのアーチですが、位置的には、コロッセオ、カラカラ浴場、サン・ジョヴァンニ駅、ラティーナ門などにつながる交通の要所です。

ここからまた500m程、城壁を離れますが、スーパーマーケットの横から復活。このスーパーで水を買っておけばよかったと気付くのはこの数時間後…

城壁の解説がある立て看板を発見。

メトロニア門から次のラティーナ門までは約1km。城壁らしい城壁が続きます。ここは犬の散歩をしている人が、たくさんいました。そして屋外トレーニング施設が!

ここでディップスや腹筋ができるのです。懸垂もありました。城壁を見ながら筋トレができるので、城壁マニアで筋トレマニアは大喜び間違いなし!

世界遺産の城壁を見ながら、犬の散歩と筋トレができるベストスポット・オブ・城壁がここです。

ラティーナ門( Porta Latina )

サン・セバスティアーノ門(Porta San Sebastiano)…ラティーナ門から500mの所にあり、アウレリアヌス城壁の中では最大の門。最も良い状態で保存されている門でもあります。

また、有名な アッピア旧街道(Via Appia Antica)とローマ市街の境界 にもあたる場所なので、古代ローマ時代は「アッピア門」と呼ばれていたようです。その後「アキア門」→「ドミネ・クォ・ヴァディス門」→「サン・セバスティアーノ門」になったようです。

この門の内部には「城壁博物館(Museo delle mura)」があります。最初、
Museo delle mura の看板を見つけた時、こんなところに博物館が?いや、ただの博物館の広告看板だろう?と思い、行きませんでした。後で調べたら本物の博物館でした…

博物館はこちら

この日はここまでで約2時間。次の門までは約1.3km。全く疲れてないのでそのまま進みます。

アルデアティーナ門(Porta Ardeatina)

このアーチは近代になって造られたもので、ローマ時代のアルデアティーナ門の正確な場所は不明です。ここから数百mの城壁の名前が「アルデアティーナ門通り」なので、このどこかに門があったと思われます。

角の部分に紋章があります。スタート地点のポポロ門からここまで直線距離でも4kmあります。城壁wayもようやく半分といったところでしょう。

途中で階段を発見。階段を上ると…そこは城壁だった…下りて再び歩きます。こうした寄り道や調査をしながら歩いているので、相当な時間がかかっています。そして、アルデアティーナ門から約800m、次の門へ到着です。

サン・パオロ門( Porta San Paolo )…ここは最も人が多い門だったので、いなくなるまでしばらく待ってから撮影。写真左下のホームレスは熟睡中のため動かず。なぜここが人が多いかと言うと…

門の横にあるピラミッドに城壁が突き刺さっています。この「ピラミデ」を撮影する人が多いのです。紀元前12年に亡くなったローマ法務官「ガイウス・ケスティウス」の墓がこのピラミデです。

ここは2日前に来ています。「カラカラ浴場」から城壁外の四大バシリカ「サン・パオロ・フォーリ・レムーラ大聖堂」へ行く途中、ここを通りました。

ここで写真やら動画やら撮影中、 ピラミデの向かいにあるカフェから大音量でロッキーのテーマが聞こえてきました。というわけで、ここでブランチ決定。

サン・パオロ門前のDJカフェ(勝手に命名)。ABBAやザ・ポリス、ワム!など80年代洋楽ヒットメドレーのオンパレードで、パニーニやコーヒーも美味しくいただけました。ここは最高のDJカフェでございました。城壁way挑戦者の休憩場所としておすすめです。

サン・パオロ門反対側

さて、気分がよくなったところで、トラステヴェレ地区の方へ向かいます。次のポルテーゼ門は、テヴェレ川の向こう岸です。約1.2km。

途中、城壁が他人(会社?)の敷地に入るので、城壁を離れて川沿いを回り込みますが行き止まりでした。人気もなく危険な匂いがしたので、すぐに戻りました。

この地域、テスタッチョには巨大市場があり、城壁は1km程ありません。サン・パオロ門から城壁沿いに行っても途中で消えるので、北上してポルテーゼ門に向かった方が早いです。

この時は西に向かい、先に川を渡ってから北上してポルテーゼ門へ向かいました。川沿いを進むと、なんと城壁が復活…??しかし、地図上にはありません。偽物のようです。城壁の中に自転車やらバイク用品を売るバラックがあるので、やはり偽物。

そしてようやくポルテーゼ門へ到着。朝、ティブルティナ門を出発してから約4時間が経過しています。

ポルテーゼ門(Porta Portese)…1644年に建てられたようです。この2日後、12月30日(日)にもここに来ました。毎週日曜日に開催の「ポルタ・ポルテーゼ蚤の市」の偵察です。

裏側(市内側)は手抜き工事の如し…そして次の門へ向かいます。

城壁沿いを進むと、トラステヴェレ通りでいったん切れます。その後、城壁と家壁がごちゃまぜになったところから復活。さらにスラロームの上り坂を進み、階段へ。階段は150段くらいあります。いや、200段?忘れました…

昼の1時を過ぎていたので、気温も12℃まで上がってました。服を1枚脱いで上り坂を進みます。おそらくここが城壁wayで最もきついエリアです。次の門までは、最短距離で1.4km程ですが、城壁沿いだと2km以上あります。

サン・パンクラッツィオ門(Porta San Pancrazio)

…19世紀に起こった戦闘で破壊されたため、1854年に再建されています。道理で新しいわけだ。新しすぎて違和感ありまくりです。元々の門の名前はアウレリア門(Porta Aurelia)だったようです。

反対側も新しい…さて、この後はWikipediaの情報も不完全で怪しいので、大変でした。次の門の位置は、現存する城壁からだいぶ離れ、「ジャニコロの丘」を東に下ります。

セプティミアーナ門(Porta Settimiana)表と裏

推測ですが、この地域のアウレリアヌスの城壁は壊され、新たに造り直されたのが、今残っている城壁ではないかと。これはヴァチカン市国まで続いています。そしてこの門だけは、残されたのではないかと思います。

詳しく書いてあるかもしれませんが、まだ読めません…

ここは門だけなので、再びサン・パンクラッツィオ門へ戻ります。往復1.6km。そしてここの途中でようやく水を売っているお店を発見しました。朝から何も飲まず5時間以上歩き、途中DJカフェでコーヒーを飲んだだけでした。どこにでもあるだろうと思ったら、意外と店はなかったのです。

城壁wayの注意点:飲み物を忘れずに。冬だったからよかったものの夏なら危なかったと思います。

そしてサン・パンクラッツィオ門から再出発しましたが、城壁を見失います。そのままジャニコロの丘へ。展望台では20人くらいのシスターがほぼ全員パニーニを食べていました。

ジャニコロの丘…ここも観光スポットなので人が多いです。

ジャニコロの丘までで約6時間、トータル16km歩いていますが、そのまま2km先の「ヴァチカン市国」まで行きました。地図上にある城壁が途中で消え、ヴァチカンにはつながっていたので、釈然とせず、ヴァチカンからまた2km引き返すことに。

三たび「サン・パンクラッツィオ門」へ。あちこち歩いてようやく謎が解けました。ここから「ジャニコロ通り」を通って「ヴァチカン」まで行ったのですが、「ヴァチカン」からは「フォルチナ通り」を通って戻って来ました。フォルチナ通りにも城壁はありませんでした。

城壁は、その間にある「ムーラ・アウレリエ通り」沿いだったのです。最初は城壁沿いにムーラ・アウレリエ通りの途中まで行ったのですが、城壁が別の建物と交わり行き止まりに見えたので、ジャニコロ通りに道を変えました。

この 「ムーラ・アウレリエ通り」 を右に行っていれば余計に4kmも歩くことはなかったのですが、この時は行き止まりに見えてしまい、道を変えてしまいました。

城壁をずっと歩いてきて、最後に城壁が消えて落ち込みましたが、何kmも余計に歩き、再び見つけた時には、やはり言い知れぬ感動がありました。最初に歩いた「ジャニコロの丘」は、この城壁の上にあったので、わかるはずがありません。

そして歩いて行くと、城壁の上に家が!もはや何でもありです。「城壁ハウス」と名付けよう。

さて、この城壁way、スタート地点は「ポポロ門」と決まってましたが、ゴールは決まっていませんでした。多分イタリア人にもわからないでしょう。…というわけで、ヴァチカンに着いたら終わりということに致しました。

ヴァチカン市国手前のアーチ。どう見ても新しいものですが、ゴールにしておきましょう。ヴァチカン市国を囲んでいる城壁につながるので、ヴァチカンの歴史と照らし合わせると、もっと真相がわかるかもしれません。

このままヴァチカンを城壁沿いに歩き、サンタンジェロ城まで行くと、ポポロ門まで約1kmの所まで来ます。さすがに8時間近く歩いているので、それはやめて地下鉄で帰りました。

これにて城壁way終了。そして、世界遺産「ローマの歴史地区」の構成資産7件コンプリートです。滞在は残り1日。やはりスケジュールの組み方が正しかったようです。

終わった16時半頃に、サン・ピエトロ広場を通ると、大聖堂の入り口に数百人の列が…!?早朝に来れば、たいして並ばずに入れるのだが…

日本一わかりやすいかは不明ですが、「アウレリアヌスの城壁巡り」をやってみたい方には、多少参考になると思います。ここはせいぜい20kmくらいなので、ちょっと頑張れば行けます。世界一はなんと言っても中国の誇る世界遺産「万里の長城 」でしょう。

万里の長城は、巨大すぎて正確な距離はわかりません。総延長距離は6000kmとも1万kmとも言われています。さすがにここを全部歩くのは…

「アイアンマン」のような装備があれば、空から見て回れるものだが…

迷わず行けよ、行けばわかるさ、世界遺産…今回はだいぶ迷ったが…

4 Comments
  1. 2019年1月21日
    • 2019年1月21日
    • WHman 2019年1月22日
      • 2019年1月22日

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